「オレンジフィルムガーデン」第12話
最初に処方された睡眠薬が、一週間ほどで早くも底をついた。短い期間で「また薬を処方して下さい」などと言えば当然怪しまれる。薬を頼らずに寝ることを試みてみたが、僅かほどの眠気もやってこなかった。眠れぬ夜は、苦痛でしかない。小さく膝を抱えて僕が現れるのを待っているヒロの姿を想像すると、僕は居ても立ってもいられなり、余計に目がさえてしまった。
暗い部屋の中、僕も膝を抱えてうずくまる。
「ヒロ、今行くから……」
そう呟いている内に、夜が明けた。
* * *
オレンジフィルムガーデン
§第12話§
* * *
結局その日の放課後、病院に行くことにした。薬を貰っても不自然じゃない理由を必死で考えて、副作用が原因で体調が優れない、だから薬の種類を変えてくれ、そう言おうと決めた。実際に医者の前でそのことを説明し、体重がごっそりと落ちたことも告げる。そうすると、以前に来たときと比べると幾分痩せこけた僕の顔を見て、医者は別の種類の睡眠導入剤を処方してくれた。ただし、「少しだけこれで試してみて」と、少量の処方であったことが僕を悩ませた。
薬を受け取り、次に行くときの言い訳を考えながら家へと向かう。病院は僕が昔通っていた小学校に近く、多少は町の景色も変わってしまったとは言え、周辺の地理は十分に理解できた。
川沿いを歩き、小さな駅を通り過ぎる。その先を走る国道を横切ろうと、横断歩道で信号が変わるのを待つ。
道路の向こう側の歩道を、セーラー服を着た髪の長い女の子が歩いていた。今時、多くの高校は僕の通う高校と同じようにブレザーで、だからそのセーラー服を物珍しい気持ちで眺めていた。
よく見ると、その子は誰かに似ているような気がした。
「……ああ、ヒロに似てる」
そうだ、彼女はヒロに似ている。そっくりだ。
……ヒロに似ている!?
それに気付いた瞬間、背筋を冷たい汗が流れた。慌てて、道路の向かいの彼女を観察する。くりっとした大きな目に、微かに幼さの残る顔立ち。髪はあの頃と違って胸の辺りまで伸びているが、そんなのどうにだってなる。
いつも会っているヒロとは、微妙に違う。ヒロの方が、もっと童顔だ。けれども、これは他人の空似で済ませられる次元ではない。それくらいに似通っていた。
ヒロに、妹が居るなんて話は聞いたことがない。親戚かもしれないとも考えたが、それにしたって似すぎている。今すぐ駆けていって彼女に直接問いただしたい所だったが、信号はずっと赤のまま変わらない。今か今かと待っている内に、彼女はどこかのビルの角を曲がっていってしまい、その姿も見えなくなってしまった。
少しして、信号が青に変わる。慌てて彼女の曲がった道へと走るが、全身が怠くて思うように前へ進めない。その道の前に出たときには、もう彼女の姿はどこにもなかった。
とにかく、頭が混乱していた。何年も会っていないとは言え、初恋の相手を忘れるはずもない。あの子はヒロ……だと思う。ただ、夢の中に現れるヒロとは微妙にズレている。しかし、無視しても構わない程度のズレのようにも思える。
道の真ん中で、僕はただ立ちつくす。
――彼女はいったい、何者だ?
二日ぶりに夢の中へと戻ってくると、ヒロは斜面に足を投げ出して、川の流れる様子を眺めていた。僕がゆっくりと近づくと、短い髪をさらさらと揺らして振り返る。
「ユキっ!」
満面の笑みを浮かべたヒロが、こっちへ向かって走ってくる。そして両手を広げて飛びつくように抱きついてきた。その勢いを受け止められずに地面に倒れた。
「何してたのよ、もう。ずーっと待ってたのに」
僕の胸の上で、はっしゃいだ声を上げる。
「ごめん、ちょっと色々とあってな」
僕がそう返すと、ヒロの表情がふっと険しくなった。
「……ユキ、どうしたの? なんか、怖い顔してるけど」
「そうかな?」
ヒロの顔をじっと見返す。目の前に居る女の子は、確かに小学校の頃のヒロと同じだ。こぼれ落ちそうな大きな瞳も、幼い少年の雰囲気を併せ持ったあどけない顔立ちも、耳が見えるくらいに短くされた髪型も。誰が見ても、これはヒロだと、そう思うだろう。
しかし、逆にそれが不自然にも思える。あの頃のヒロをそっくりそのまま持ってきたかのような、イメージの中のヒロをそのまま背丈を伸ばしたような、そんな出で立ちだ。
勿論、成長しても容姿が殆ど変わらない人だって居る。そう考えれば、不思議ではない。しかし、今日町で見かけたあの少女と比べてみると、目の前のヒロは完璧すぎるくらいにヒロだ。そこに、微かな違和感が存在する。
『ユキが信じ続けていれば、ここはなくなったりしないよ、絶対に』
かつてヒロが口にしたセリフが、警鐘のように頭の中で響く。そうだ、疑ってはならない。疑念を抱いてしまえば、この世界は閉じてしまう。今僕が信じるべきなのは目の前にいるヒロであり、守るべきなのは二人の時間だ。
「…………ユキ?」
ヒロが、恐る恐るといった様子で、再び僕の名を呼ぶ。だからそんな不安を取り除くように、優しく頭を撫でてやった。
「大丈夫、なんでもないって」
くすぐったそうに目を細めるヒロが、そこでようやく笑った。そう、これでいい。こいつが笑ってくれてさえいれば、僕は欲しい物なんて無いんだ。決して我が儘な望みではない。だから、これくらいは守らなければ。
そうやって自分を納得させたつもりだったが、いざ目を覚ましてヒロが居なくなると、猛烈な不安に襲われた。町で見かけた女の子のことを、他人の空似だと言い聞かせても、「そうじゃないだろ? それだけじゃないだろ?」と冷たい声で囁きかけるもう一人の自分がいる。
いくら耳をふさごうとしたって、疑うな、考えるな、と言い聞かせることは、疑っている、考えている、ということと同義だ。
ただでさえ不安定だと言った夢の世界。この不安のせいで崩れたりするのではないか。そう危惧した僕は、たっぷりと考え込んだ末に決断した。もう一度、あの子を見てみるべきだ、と。
- [2008/06/28 13:44]
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6月28日の、キャンドルナイトへようこそ!
昨日の夜のことです。大学でとあるイベントが行われていました。その名も「キャンドルナイト」。夜間、電灯を使わずに、キャンドルの明かりだけで過ごそうという企画。なにやら、友人がオーケストラの演奏で参加するとかなんとか言ってたので、見に行ってみることにしました。
会場はこんな感じ。
場所は屋外です。大学の中心にある「憩いの広場」と呼ばれる大きなスペースで、ベンチやテーブルがいくつも置いてある場所です。テーブルにはそれぞれ幾つものキャンドルを灯しており、なかなか幻想的な光景でした。一緒に行った友人は「何もすることがねー」と即物的な文句を垂らしていましたが。
もう一枚、ほかの写真。
本当はもっとたくさん撮ったんですが、ボケたりブレたりで上手く撮れてませんでした。うーん、もっと上手くなりたいなー。写真撮るの。
ちなみに、オーケストラな友人は、魔女の宅急便のテーマ(?)と、星に願いを、の2曲を演奏していました。友人の演奏は普通に上手いなぁと感心したのですが、ちょっとその周囲が……。まあ、イベント内のちょっとした演奏ですから、こんなものでしょう。
本当は、こういうロマンチックなイベントには恋人と参加する筈のものなんでしょうが……。ま、まあ、いいです。気にしないことにします。
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- [2008/06/28 13:41]
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「オレンジフィルムガーデン」第11話
家に帰り、気分が悪いから今日はご飯もいらない、すぐに寝る、ということを母親伝えると、早速睡眠薬を取り出した。メモ帳の上でそれを砕いて粉末状にすると、口の中に流し込む。どれくらいで効き始めるのだろうか考えていると、約十分後、そういった思考が上手くできなくなってきた。頭の中が霞む。ああ、眠気がやってきたと、その考え自体が溶け出すようにして、僕は夢の中へと落ちていった。
* * *
オレンジフィルムガーデン
§第11話§
* * *
「ユキ、自分がしたこと分かってるの!?」
ヒロはとにかく怒っていた。ただ怒っているわけでもなく、ただ悲しんでいるわけでもない。たくさんの色をした感情が混ざり合って、真っ黒になってしまったような、そんな顔だった。
目を大きく剥いて、今にも掴みかかってくる程の勢いで、僕に詰め寄る。
「薬のことか?」
僕は分かっていて聞き返す。
「私はっ、ユキにこんな事をさせるために話したんじゃないの!」
強い口調で、ヒロはそう言う。じゃあ、何のために病気のことを話したのか。本当は、心のどこかでヒロも望んでいたのではないか。だって、僕はこんなにヒロのことを必要としているのに。僕たちは、心が通じ合ってるんじゃなかったのか!?
「ねえ、お願いだからこんなバカなことはやめてっ。薬も、すぐに捨ててよっ」
バカなこと、と言われて頭に来た。何故だ、お前は僕の事を分かってくれているんじゃなかったのか。僕の孤独を理解してくれてるんじゃなかったのか!
薬さえあれば、いつでもあの億劫な世界から抜け出せる。いつでもヒロの待つ夢の中へとやってこれる。そう考えたのに。
「今更あっちの世界に戻れって言うのか!?」
何かを言いかけて、そこで躊躇うようにヒロが止まる。
「別れなきゃいけない前提での付き合いに何が残るって言うんだ!? 仲良くなったって、どうせいつか去らなくちゃいけない。いくら口で『離れてたって友達だ』なんて綺麗事言ったって、いずれみんな俺の事なんて忘れ去っていく。想いなんて、圧倒的な距離の前じゃ無力なんだ。そんなこと、今まで嫌ってくらい経験してる!」
一度はヒロだって離れていった。あんなに仲が良かったのに。通じ合っていたのに。それでも、離れていった。離れていかなくてはならなかった。
何も言えないで俯くヒロを、力任せに抱きしめた。本当は、僅かな時間でさえも離したくない。その一瞬の間に、煙を掴むみたいに手の中からするりと抜けてしまうかも知れないから。何事もなかったかのように、消えていってしまうかも知れないから。
離したくない。もう、離したくなんかないんだ。二度と。絶対に。
「……頼むよ。今の俺には、お前しかいないんだ」
弱々しい声が出てしまった、と思ったら、そこで自分が泣いていることに気付いた。ボロボロと音がするくらいに、大粒の涙が止めどなく溢れてくる。情けない。けれど、この涙を止める術を、僕は知らない。
「……お願いだから、そんなに泣かないで」
腕の中で硬く身を強張らせていたヒロが、おずおずと僕の身体を抱きしめ返してきた。子供をあやすように、背中をポンポンと優しいリズムで叩いて、耳元に顔を寄せて囁く。
「大丈夫、分かったから。ヒロの気持ちは、ちゃんと届いてるから」
その声が、まるで心に染み入るようで、心の中心を揺さぶられたようで、余計に涙が止まらなくなった。
頭の中は、もうぐちゃぐちゃだ。ありがとうとか、ごめんなさいとか、ずっと一緒にいたいとか、なんで離れていったんだとか、理解してくれて嬉しいとか、けれど何故か寂しいとか。
様々な感情が、まるでもつれたパスタのように複雑に絡まって、そのせいでいろんな想いがいっぺんにやって来る。もう、自分では解くことが出来ない。
「ちゃんと待ってるから。ユキのこと、待ってるから。だから、明日も忘れないで来て。ね?」
ヒロの吐息がかかる耳が、燃えるように熱い。柔らかい髪が、僕の頬に当たってさらさらと揺れる。背中に回された細い指先が、制服越しに肌に食い込む。
「約束したでしょ? ずーっと一緒だって」
ああ、そうだ。僕たちはずっと一緒に居るんだ。永遠なんて言葉じゃ足りないくらいに。ずっと。ずっと。
夜が明けて、朝がやってきた。身体を起こしてみると少し頭が重たかった。夢の中に居た意識を無理矢理に引き剥がしてこっちへ連れてきた、その痛みではないかと思った。
洗面所へ行って顔を洗おうとしたら、目が赤く腫れていることに気がついた。その腫れを引かせるように、冷たい水で顔をごしごしとこすった。
玄関を空けると、今日も小雨がパラパラと降っていた。空を覆う雲は、重たく動かない。
いつもと同じように家を出て、同じバスに乗り込む。学校手前のバス停で降りて、雨で濡れた道を歩く。しかし、教室は目指さない。向かうのは保健室。ポケットに手を入れて、中の物を確認した。小さなビニールの袋に小分けされた睡眠薬。
ドアを開けると、保険室の先生が穏やかに出迎えてくれた。
「おはよう。学校には来たのね、偉いわ」
そんな見当違いなセリフを聞きながら、適当に頭が痛いなどの理由を付けてベッドに潜り込んだ。鞄に忍ばせておいたペットボトルを取り出し、薬の飲み下す。
そして、眠気が僕を飲み込んでくれるのを、今か今かと待ち続けた。
「おはよう、ユキ」
数時間前まで会っていたばかりなのに、ヒロはそんな挨拶をする。その表情が心なしか悲しそうに見えるのは、きっと気のせいではない。しかし、ずっと手に入らないと思っていた消えていくことのない関係を手に入れた今、僕がするべき事はそれを絶対に手放さないことだけだ。
「おはよう、ヒロ」
彼女の手を取って、強く握る。ちょっとやそっとでは離れないように、互いの指を絡ませて。
「さあ、いこう」
僕が笑いかけると、ヒロも何かを振り切るように、満面の笑みで応えた。
「うんっ」
そして二人、道無き道を歩く。
それを境に、僕の日常は大きく変化した。教室に向かう代わりに、保健室へ通うようになった。そこで睡眠薬を服用して、可能な限り眠る。病院から処方された睡眠薬は短期間で睡眠へと導く代わりに効き目が切れるのも早いらしく、途中で目を覚ますたびに薬を飲んだ。
僕は一日は殆どがヒロと過ごすことで占めた。学校に行けば早速眠り、昼頃に一度目を覚まして、再び午後から眠りに就く。家に帰ればそそくさと夕食と風呂を済ませ、また夢の世界へと戻る。実際に現実の世界に滞在している時間は一日五時間程度で、残りは全てヒロとの時間だった。夢の中では何もしなくていい。ただ、ヒロといるだけで良かった。それこそが、僕の望んでいた物。決して壊れることのない、硬く強い関係性。欲しかった物を、僕はようやく手に入れた。
最初に異変に気付いたのは、放課後。目を覚まして家へと帰ろうとしたときだった。身体を起こすのが億劫になるくらいに、全身が怠かった。その時は寝起きだからだろうと思っていたのだが、どうもそれが原因ではないらしく、家に帰って夕飯を食べても、風呂に入っても、身体の怠さが抜けない。それが毎日のように続いた。
知らない間に、体重も三キロほど落ちていた。確かに最近は食欲が沸かないことが多かったが、どうもそのせいだけではないように思えた。
副作用というのに気付いたのは薬を飲み始めてから数日経ってから。一瞬だけ、そこまで気がつかなかった自分の精神を疑ったが、副作用だと理解してからは、これらの症状は苦にならなくなった。ヒロに会うためだと考えれば、全てやり過ごせる。体重なんていくらでも持っていけ、と。
時折ヒロは心苦しそうに「本当に身体、大丈夫なの?」と聞いてくる。けれど僕が「ヒロの方こそ、大丈夫じゃないだろ」と返すと、困ったように笑うだけだった。
そしてそんな日常にすっかり慣れ始めた頃、事件は起こる――。
- [2008/06/25 02:26]
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6月24日(深夜)の、「お前より頑張ってここまで来た」

ピロウズのニューアルバム、買ってきましたー。早速、ジャンジャンバリバリ聞いております。
タイトルの「PIED PIPER」とは、グリム童話の「ハーメルンの笛吹き男」のことです。そのお話では、笛の音で子供たちを連れて行ってしまうというPIED PIPERさん。つまり、「俺たちの音楽でみんなを連れて行くぜ!」ということ。強烈な意思表示です。で、そんなアルバムを聞いてみた感想。
もうね、悔しいくらいカッコいい! バンドを結成して19年。今もなお新しい自分たちを模索し続けて、アルバムごとに違った一面を見ることができる、っていうのは言葉にしちゃ簡単なのですが、それを体現するのがどれだけ難しいことか。それをやってのけるthe pillows、もう一生ついていきます!
唯一の不満といえば、シングルやカップリングとして事前に発表されていた曲が多いこと。11曲中、5曲がそれなので、単純に初めて聴く曲は約半分。できれば、もうちょっと新作を聴きたかったです。まあでも、多作なバンドですからね。またすぐに新作を発表してくれることでしょう。願わくば、冬頃に未発表の名曲「フラッグスター」を出してもらいたいんですが……。
ちなみに余談ですが、ピロウズのライブとかで「頑張れー」とか応援すると怒られます。もしくは不機嫌な顔をされます。そんな中飛び出たのがタイトルの名言。やっぱり、重みが違うなぁ。
さて、街のタワレコに行ったついでに、靴も買ってきました。
もう前の靴は1年半くらい前に買ったものだし、現時点でそれ一足しか持ってなくて何かと不便なので。というわけで、ジャン!
キャンバス地のスニーカー。店員さんに「シンプルでモノクロっぽいのが欲しい」と言って、幾つか出してもらった中にありました。中敷がすごい柔らかくて、履き心地がいいです。ちなみにお値段は約5千円。ま、こんなもんでしょう。
さあ、今から下ろすのが楽しみだ! なんて思ってたら、夜になって雨が振り出しました。せっかくの新品をいきなり泥で汚したくないので、とりあえず履き下ろしはお預けで。
本当は夏物の服とかも欲しかったんですけどねぇ、さすがに使いすぎはよろしくないです。っていうか、先月はあまり働けなかったんでバイト代も少なかったし、来月は来月で失費の予定が幾つもあるし。しばらくは清貧生活だなぁ……。
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- [2008/06/25 01:53]
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「オレンジフィルムガーデン」第10話
ただ二人で散歩をするのを「デート」と呼べるのかどうか。どこぞのクラスメイトに聞いてみれば、「そんなに日和ってデートなんて呼べるか」なんて返ってきそうだが、まあ僕たちにとってそんなの些細なことであった。
夢の中には、カラオケもなければ、映画館もない。喫茶店だって、ゲームセンターだってない。けれども、僕はこうして手を繋いでいる女の子のことが好きで、その女の子も多分僕のことを好きでいてくれている。それだけで十分だった。
そんな僕らなりの「デート」も回数を重ね、いつしか日課のようになっていった。
* * *
オレンジフィルムガーデン
§第10話§
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「永野、昼休みだよ」
肩を揺すられ、目を覚ます。かすむ視界の中に、井上さんの姿が映った。ここ一週間は、こうして井上さんに起こして貰うケースが続いている。小さく「ありがと」と礼を言って、購買に向かうべく立ち上がる。そして教室を出ようとすると、パタパタと後ろを追ってきた井上さんに制服の裾を引っ張られた。
「ねえ永野、アンタ大丈夫なの? ここ最近、いっつもそんな感じじゃない。本当にどこか具合が悪いんじゃないの? 保健室に行く?」
本気で心配してくれている、のだと思う。昔の友人としての誼なのか、委員長としての責任感か分からないが。けれど、こうして心配される理由が見つからない。こっちにその気がないのに好意を押しつけられても、正直に言って迷惑なだけだった。
勿論、そんなことは口には出さない。だから僕は無色透明を装う仮面を被る。
「大丈夫。気にしないでくれ」
そう言って立ち去ろうとしたとき背後から、
「いい気になってんじゃねえよ!!」
と怒声が飛んできた。振り返ればすぐそこに松永がいて、勢いよく胸ぐらを掴んでねじ上げる。
あまりに突然のことで、頭が真っ白になった。
「ずっと聞いてりゃあよお、そうやって人を小馬鹿にしたような態度とりやがって。夕子がこんだけ心配してやってんのに、それが心配かけてる奴のとる態度か? ああ!?」
眉根がグッと下がり、ただでさえ鋭い目つきが今は研ぎ澄まされたナイフのように突き刺さる。
教室中が僕たちのことを見ている。違う、ダメだ、こんなんじゃない、僕は無難に過ごして無難に出て行かなくてはいけないんだ。落ち着け、落ち着け、俺っ!
それでも予期せぬ事態に巻き込まれて混乱する頭からは、気の利いた言葉が出てこない。
「お、俺は別に……」と言葉を濁すと、
「『別に』なんだよ!? ハッキリ言えよ、コラ!!」と返された。
服を掴む手に力が込められる。首筋が締まる。
「ちょ、直樹やめなってば!」
我に返った井上さんが松永を止めに入る。奴の手を掴んで僕から引き離そうとするが、女の子の力ではどうにもならない。
「止めんな! マジ、俺コイツのこういうところが気にいらねえんだよ! そうやって無害そうな人間装いやがって、影で何考えてるか分かりゃしねえ!」
息が苦しい。頭の後ろがチリチリと痺れる。腹の底が熱く沸き上がってきた。
「なあ、おい! てめえ何も言い返せねえのかよ!!」
「お前に俺の何が分かるんだよ!!」
あらん限りの力で、松永の腕を振りほどいた。それと同時に、被っていた仮面もどこかに飛んでいった。
「人の気持ちも知らねえくせに好き放題いいやがって!」
暴力的な衝動を、言葉にして松永に叩きつける。黙って言わせておけばいい気になりやがって。調子に乗っているのはどっちだ。
教室の中はまるで静止画のように固まっていた。誰もが息を殺し、まばたきするのも忘れ、僕と松永を見ている。
喉の奥に刺すような痛みが走った。さっき叫んだときに痛めたらしい。その痛みで、少しだけ冷静になった。そして冷静になって、理解する。手遅れだ。
松永は突然の激昂に驚いたようで、細い目を大きく見開いている。もう、ナイフのような鋭さはない。
「……どいてくれ」
かすれた声でそう言い残し、松永の脇をすり抜けてそのまま教室を出た。
もういい、どうでもいい。嫌われようが、疎まれようが、どうせすぐに別れが待っている。その間、少しだけ居心地の悪さに耐えればいいだけだ。それだけのこと。たった、それだけのことだ。
専門教室棟へ続く渡り廊下を通り、保健室を目指した。ドアを開けると白衣を着た、四十代ほどの女性が椅子を回して振り返る。
「すいません、頭が痛いんで横になりたいんですけど、ベッド使っても良いですか?」
かすれた声が、風邪を引いているかのように聞こえたのか、保健室の先生は快くベッドを使わせてくれた。
ヒロに会いたい、と思った。
会えば、あいつのことだ、こんな悶々とした空気を吹き飛ばしてくれるだろう、そう思った。しかし、横になって目を閉じても、一向に眠気が襲ってこない。頭の中ではついさっきの光景がグルグルと回っていた。掴みかかってくる松永、青ざめた表情の井上さん、傍観するクラスの連中。彼らの顔が、渦を巻くように脳裏に浮かぶ。
ベッドの底に引きずり込まれそうな目眩を感じた。目を閉じると、意識がグルグルと回って落ちていく。横になる向きを変えてみたり、仰向けになったりしてみたが、目を閉じればその目眩は執拗に僕を離さない。
腹立たしかった。
眠ることの出来ない自分も、僕のことを放ってくれない周囲も、全部。あいつは「距離も時間も関係ない」と言っていたが、こうして現実が邪魔をする。いつでもどこでもヒロに会いに行くことが出来たならば、どんなに良いだろう。
その時、僕は思いついてしまった。現実の世界に邪魔されずに、眠りに就く方法を。
チャイムが鳴る。どうやら昼休みが始まったようだ。
「調子はどう?」
ベッドを囲うように閉められていたカーテンをそっと開き、保健室の先生が顔を覗かせた。
「……あまり」
「あら、困ったわね。もう少し休む? それとも、今日は早退する?」
口元に手を当てる先生。不安定な子供に対して、私は理解を持っている、といった風を装うような顔をしている。この人ならば、何とかなるのではないか。そう考えた。
「……あの、先生」
「なに?」
僕は、悩み抜いた末に切り出した、と見えるようにたっぷりと間を空けて「実は」と切り出した。
話を終えた後、先生は少しだけ悩んで、けれども話が分かる大人を演じるように、笑顔を浮かべた。
「ごめんなさい、私は専門じゃないから何も言えないわ。でも、そっちが専門の知り合いのところなら紹介できると思うの。よかったら、行ってみる?」
「……お願いします」
先生は小さなメモに簡単な地図を書いて渡してくれた。
「行くなら、なるべく早い方がいいと思うけど。どうする、今日行ってみる?」
「……はい、一度お話だけでも聞いてみます」
「分かったわ。じゃあ後で連絡して簡単な事情を説明しておくから。一人で大丈夫?」
「はい、大丈夫です」
先生に頭を下げて、保健室をドアを開ける。出る間際に、
「ちゃんと学校には来なさいね。辛いんだったら、いつでもここに来て良いから」
そう言われたので、僕は頭だけ下げてドアを閉めた。閉まった瞬間、浮かび上がる笑みを抑えることが出来なかった。
授業中の教室に鞄を取りに行くのも面倒なので、そのまま校舎を出て、地図に書かれた場所を目指す。幸いにも目印となるような場所を覚えていたため、迷わずにすみそうだった。
ここ最近雨続きの天気だったが、今日は久しぶりに晴れ間が覗いている。西から差し込む夕日に背中を焼きながら、手にした袋を大事に抱えて自宅へ向かって歩く。まさか、こんなに簡単に事が運ぶとは思いもしなかった。歓喜に、思わず口元が歪む。
手にした袋の中身は、頭痛薬、そして睡眠導入剤。いわゆる、睡眠薬。
保健の先生と、病院の医師にした説明に、大きな嘘は無かった。僕が転校を繰り返す特殊な環境にあること。そのためクラスにうまく馴染むことが出来ないこと。それが原因かどうか分からないが、睡眠が足りていないこと。
そう説明すると、先生も、医師も、勝手に感情移入をした。そう、辛かったのね。可哀想に、よく頑張ったな、と。もちろん、実際はクラスに馴染めないのではなく馴染まないのであり、睡眠が足りないというのはもっとヒロと会う時間を増やしたい、ということなのだが。
そして先生に紹介して貰った医師は、
「とりあえず、一番軽い奴を服用してみて様子を見てみようか」
と、拍子抜けするほど簡単に薬を処方してくれた。本当は頭痛薬などはいらなかったのだが、そこはストレスが原因である、という医師の考えに合わせる形になった。
これを使えば、いつだってヒロに会える。保健室という逃げ道だって出来た。もう、こっちの世界の煩わしさなんて関係ない。
「待ってろよヒロ、すぐに会いに行くからな」
そう呟くと歩調を更に速めて家を目指した。
- [2008/06/24 01:28]
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